「働き方改革関連法」によって企業が直面する課題とその解決策とは?
2019年4月から、「働き方改革」の推進を目的とした「働き方改革関連法」の適用が順次スタートする。今回の法改正への対応が迫られる中、企業が直面する課題や対応について特定社会保険労務士の小野 純氏にお話を伺った。
社会保険労務士法人ソリューション / 特定社員(特定社会保険労務士) 小野 淳氏
目次
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労働生産性と人材不足が背景に
今回の法改正がなされた背景には、大きく2つの社会的要因がある。
1つ目は、日本の労働生産性の低さだ。日本における労働時間1時間当たりの労働生産性は、OECD主要7か国中、最下位に甘んじている。全体では20番目で、経済状況が不安定とされるスペインよりも下位となる。その要因として大きなウェイトを占めているのは「長時間労働」だと小野氏は語る。
小野:「週労働時間49時間以上の労働者割合は、日本がトップ(21.3%)。次いでアメリカ(16.6%)、イギリス(12.5%)と続きます。日本人はじっくりと丁寧に仕事することが良いとされ、残業は〝勤勉・真面目〟の表れだと評価されてきました。そのため生産性を上げて早く帰るという職場風土が希薄だった。さらに〝教えるより、慣れる〟ことを重んじてきたこともあり、生産性向上のための教育システムを積極的に構築してこなかったことも理由として考えられます」
2つ目の背景は、人手不足に他ならない。人手不足が原因で業績悪化に陥る企業は増加の一途を辿っている。
小野:「少子高齢化が進行している以上、労働力人口の減少は待ったなしです。コンビニや飲食店ではすでに外国人労働者に頼っており、今後ますます労働力は足りなくなっていきます。私は近年『採用で失敗しない対策』というテーマで講演を全国各地で行っていますが、いずれも盛況です。そのたびに、企業における人手不足の深刻さを強く実感しています。労働力人口が多かったこれまでは、『いかにして優れた人材を確保するか』という観点で採用活動をしていた企業も、人材不足が顕著になるこれからは、『いかにして人を集め、育てるか』という考えに移行すべき時期を迎えていると思いますね」
「生産性の向上」と「人材の確保」という解決しなければいけない日本が抱える課題に対して、早期に対策を実行することが必要不可欠。そのため政府が主導して働き方改革を推進し、いくつかの法改正が閣議決定されたのが昨年のこと。2019年4月より、順次適用が始まる。
「働き方改革関連法」の具体的な内容とは
今回の働き方改革関連法の中で、とりわけ企業経営に直結すると思われているのが次の3つとなる。
このうち、現段階で相談が多いのは、まず直近で適用が始まる①の『時間外労働の上限規制』だと小野氏は言う。大企業は2019年4月から、中小企業は2020年4月から、原則として時間外労働は月45時間、年360時間以内、例外の特別条項(年6回以下)では単月で100時間未満、2~6の複数月でいずれも平均80時間以下にとどめる必要が生じる。
小野:「先程述べた〝残業を是とする風潮〟もありながら、一方で企業には労働力の余裕はありません。その状況下で、ただ単に『残業しないように』と命じるだけでは、現場の負担は計り知れません。不満が募り、離職につながるリスクも増えます。だからこそ、なぜ残業が多いのか?どうすれば改善できるのか?という分析や前向きな議論をし、本来あるべき働き方改革を行うべきであると、企業の皆さんに説明をしています」
続いては②の「年次有給休暇の義務化」。使用者による5日付与義務(付与日数10日以上の従業員)が生じることになるが...
小野:「大企業より、中小企業が難色を示すかもしれません。経営者の中には『労働時間が減れば売り上げも減る。この5日間分を、国が補填してくれればいいのに』とおっしゃる方もいるほどです。しかしながら法の適用は待ったなしですから、年度の初めにあらかじめ5日間を社員の希望を聞いた上で、会社自らが決め、スケジューリングしておくことが一番無難な方法です。また、①の時間外労働への対応と同様に、働き方を改革し、生産性をいかに向上させるかを前向きに考え、実行に移すことが根本的に必要です」
その一方で③の2020年(中小企業は2021年)から導入される「同一労働同一賃金」に関する法改正は、とりわけ大企業にとって素通りできない重要課題となる。
小野:「端的に言うと、非正規社員が正規社員と比較して不合理的な待遇を禁止する内容です。その比較は賃金や賞与等にとどまらず、教育訓練や福利厚生にまで及びます。よって、今までのような〝パートだから〟といった考えでは到底対応できません。ちなみに、1年毎に契約更新される定年再雇用者も非正規社員に含まれるようになるため、〝当社にパートはいないから〟といった考えでは後になって冷や汗をかくことにもなりかねません」
なお、働き方改革関連法の「時間外労働の上限規制」と「年次有給休暇の義務化」については、罰則が設けられている。
小野:「中小企業の場合は、法律知識の欠如や〝ウチは中小だから〟という甘えがリスクですね。外部の専門家や行政の専門窓口、社労士を上手く活用するべきです。一方で大企業も、これまでの〝指導〟とはまったく次元が異なると考えたほうがいい。従業員からのリークが発端となり、集団訴訟につながるリスクもあります。警告を無視し続ければ、経営トップの書類送検にもつながります。そうなれば公共案件は入札すら拒まれるでしょうし、ブラック企業のレッテルが貼られて人材も集まらない。まさに致命的状況です。これら規制を違反すると、経営に響いて売上が減ると考えたほうがいいでしょう」
改革の実現と、制度の見直しが急務に
では実際に、どのように改革を進めるのがよいのか?
小野:「①の時間外労働については、まず経営トップが〝働き方を改革する〟と社内に向けて宣言すること。そのうえで、次は全社員が業務の効率化に向けて、全員参加で仕事の棚卸しと改善を行うことです。その一方で、外注やIT化など業務効率向上の施策を会社側が行い、社員の労働環境の整備につなげていきます。もうひとつ大切なのは、生産性向上を評価制度の中に取り入れること。残業が制限されると、社員の実入り、すなわち残業代は減ります。損することに対して能動的になる人はいませんよね。だからこそ、実現に向けて動いた社員を表彰する制度を設けたり、残業代減額分を考慮して、働き方改革の推進を加点とする給与制度に見直すことも行うべきです。
また、②の年次有給休暇の取得については、先ほどご説明したとおり、あらかじめスケジューリングしておくことが重要です。そのうえで"その人がお休みの場合でも仕事が円滑に回るフォロー体制"を整備しておく必要があります。システム化やマニュアル化を行い、社員が安心して有給を取得できる環境づくりが求められますね。さらに、有給休暇を取得しにくい雰囲気を払拭するため、社員や家族の誕生日などに休暇をとれる『記念日休暇』として制度化するのもひとつの手です。これは会社に対する好感度の醸成にもつながります」
一方で③の同一労働同一賃金の実現に向けては「会社の人事制度・賃金制度の大改造」が必要とのこと。
小野:「職務分析をはじめ、各種手当の意味や金額の整理、基本給の中身や決定方法、そして福利厚生や教育まで幅広く見直しを行い、必要な改正を行う必要があります。これは本当に大変な作業です。中小企業だと、改正以前に明確な規定が存在しない場合も多いですから。また、賃金に関する通達では「賃金規程や等級表等の支給基準を明確にして説明すること」とされています。たとえばパートの方と正規社員で賃金格差があり、『なぜこんなに違うんですか?』とパートの方から聞かれた場合、その理由を双方の業務内容の違いなどから明確にし、説明できるようにしないといけません。しかも口頭ではなく、書面での説明が前提となります。これも専門家や行政窓口を活用して進めたほうが良いですね」
労働力不足に対する効果的な打ち手とは?
今回の働き方改革関連法の改正を、単に「残業時間の削減」「有給休暇の付与義務(強制取得)」と、表面的に捉えるだけでは、生産性向上にはつながらず、結果的に日本の企業に重くのしかかる"労働力不足"を解決できない。
逆に、法改正を生産性や収益を上げる「好機」と捉え、働き方改革を実施するのであれば成功に近づく。そう語る小野氏は、労働力不足の解消に有効なひとつの手段として「福利厚生の充実」を挙げる。
小野:「昭和の時代は、自社で保養所を持っていたりと、福利厚生は一定の充実をみせていました。しかしバブルがはじけて平成に入ると、売上に直結しない福利厚生は軒並み削られました。それが今になって再び注目されているのは、働く人達のマインドの変化もあるでしょう。『仕事だけ頑張りさえすれば幸福になれる』とは思わなくなった。だからこそ、仕事以外の時間でリフレッシュしたり、語学スクールに通ってスキルアップを図ったり、健康のケアができるような福利厚生サービスが重宝されている状況です。中小企業では充実した福利厚生を自社で用意するには限界がありますが、最近では福利厚生をアウトソースするサービスもあり、手軽に導入することが可能です。こうしたサービスをうまく活用することですね」
福利厚生は現役社員の会社に対する好感度を醸成し、離職率の低下を促すと同時に、リクルーティングにも好影響を与えるという。
小野:「求職者は会社選びの際、実によく福利厚生の有無をチェックしています。〝社員想いの会社かどうか〟を判断する貴重な物差しになっているんですね。実際に、中小企業で働くデメリットとして、「福利厚生が充実していない」を理由に挙げる人が約半数もいたり、就職の際にも8割の人が福利厚生を重視するという調査結果もあります。
さらに、福利厚生は、実際に社員に活用されてこそ意味があるものです。現役社員への活用促進策のひとつとして、〝私はこの福利厚生を、こう活用することで充実した〟という実行例を募り、社内報などで積極的にアピールすることです。利用してこその福利厚生ですので、まず経営上層部が利用して例を示すのもよいでしょう」
福利厚生の活用促進という視点では違う見方もある。
小野:「『福利厚生の中身を詳しくわからない』という社員の声も少なくありません。最近では、"自己啓発のためのスキルアップサービス"や、仕事に集中しやすいように"育児や介護の相談サービス"など、働く社員の多様な価値観やライフスタイルに応えられる福利厚生のパッケージもあります。福利厚生を充実させるとともに、しっかりと周知していくことも忘れてはいけないポイントです」
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労働力不足に拍車がかかるこれからの時代に向けて、働きやすい環境になるよう投資をし、評価制度や賃金制度の見直しを行い、社員の多様なライフスタイルを想定した福利厚生などの充実を図る――。ぜひこのたびの法改正をひとつの契機として、〝社員から選ばれる会社〟を目指してみてはいかがだろう。
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