人生100年時代のオフィスのあり方。「コクヨ」の空間デザイナーが語る、これからのオフィスに求められる価値
コロナ禍で進んだテレワーク。在宅勤務も普及した今、「働く場所」としてのオフィスの価値が問われています。働き方の多様化、働くことに対する価値観の変化などを受けてオフィスのあり方は過渡期に入りました。ではこの先、近未来のオフィスはどのように変化し、どうなっていくのでしょうか。
今回、お話をうかがったのは、日本全国で年間25,000件以上のオフィスソリューションや案件を手掛けているコクヨ株式会社(以下、コクヨ)。同社でオフィス設計やアートディレクションを担当し、外資大手IT企業や国内の総合エレクトロニクスメーカーの空間デザインを手掛けた吉羽拓也氏に、少し先の未来で求められるオフィスとはどのようなものなのかをお話しいただきました。
吉羽拓也氏
コクヨ株式会社 クリエイティブデザイン部 デザイナー
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今後、「働く」と「暮らす」の境界があいまいになっていく
吉羽氏:
「私が空間デザイナーとして働いている10年ほどの間で、働き方は大きく変わってきました。特に2016年頃から、日本では働き方改革が大きなキーワードに。労働者人口が減っていく中、長時間労働やマンパワーで物事を解決していくといった働き方は限界を迎え、国を挙げて根本的に仕組みや制度を変えていかなければならないタイミングを迎えました。そのような流れに伴い、働く人たちの価値観も変化。プライベートを犠牲にして金銭的・物質的な豊かさを得るよりも、自分らしい生き方を叶えて精神的な豊かさを得たいと考える人が増えてきたんです。
当時すでに欧米ではABWと呼ばれる概念が普及していました。この言葉は、アクティビティ・ベースド・ワーキングの略。場所や時間にとらわれず自律的に働く考え方のことです。コロナ禍に入り、ABWの流れは加速。在宅のテレワークなどの形態も増えて、『働く』と『暮らす』の境界が溶け始めています。」
自分らしい働き方を実現する、コクヨの「ライフベースドワーキング」の取り組み
そのような時代背景を踏まえ、さまざまな企業のオフィスデザインを担ってきたコクヨは、どのようなアプローチをしてきたのでしょうか。
吉羽氏:
「コクヨでは、『働く』と『暮らす』がバランス良く融合して、自分らしい働き方や暮らし方、学び方を実現できている状態をLife Based WorkingⓇ(ライフベースドワーキング)と定義しました。ここで大切なのは、チームの成果と個人の望む生き方を両立させていくこと。両者ともに持続的な成長を目指していこうとする考え方なんです。」
このLife Based WorkingⓇの考え方をもとに、コクヨでは新たな取り組みをはじめたといいます。
吉羽氏:
「ひとつの取組みとして、今年の8月に、下北沢に『n.5(エヌテンゴ)』というサテライト型の社員向け多目的スペースを開設しました。下北沢は、新しいカルチャーが生まれ続ける、刺激に満ちた街。しかも首都圏在籍社員の利用率が高い、新宿・渋谷エリアからのアクセスにも優れています。この拠点を軸に職住近接のワークスタイルを可能にして、多くのインスピレーションを得ながら働いてもらえたらと考えているんです。
また、この拠点のユニークなポイントは、業務はもちろん、業務時間外や休日の私的な目的での利用、また家族や友人の同伴も可能としていること。社内研修や勉強会、新規事業のプロトタイピングやマーケティングの実験・検証の場などとして活用することはもちろん、個人の資格取得などの自己研鑽に使ってもいい、写真展やアートギャラリーとしても使ってもいい。『テレワークによって増えた可処分時間を、自分の新たなチャレンジのために使ってはどうだろう』という声を受けて、このような場の使い方を実現しました。」
n.5(エヌテンゴ)イメージ
オフィスに期待されるのは、一体感やイノベーションを生むこと
コロナ禍を経て、多様なワークスタイルが広がってきた昨今。今後も、働き方はますます流動的になってくるはずだと吉羽氏は語ります。
吉羽氏:
「人生100年時代、いかに個人が自律的にキャリアを構築していくかは大きな課題です。SDGsやESGなどビジネスにおけるサスティナビリティが注目されるようになっていますが、個人の働き方にもサスティナビリティの観点は重要。社会人の学び直しである"リカレント教育"が注目を集めているのもよい例でしょう。『自分がどんなキャリアを形成したいのか、そのためにどんな行動を重ね、どんな学びを得ればいいのか』、主体的に考えなくてはなりません。また、企業側に求められるのは、そのような個人の自律的なキャリア形成を支援すること。そうすることで社員たちもモチベーション高く働くことができ、企業活動にも効果が表れてくるのではないかと考えています。」
そのような将来予測の中で、オフィスにはどのような役割が求められるのでしょうか。
吉羽氏:
「ポイントは、多様でハイブリッドであること。コロナ禍になる前は、オフィスで偶然出会ったメンバーと立ち話して、意見を交換したりすることが、新たな発見につながっていたし、モチベーションにもなっていたと思うんです。一方、在宅勤務の場合、たしかに作業効率は上がるかもしれませんが、イノベーティブな発想やチームとしての一体感は生まれにくい。そもそもオンラインの会議って、自由な発想を奨励するブレストやアイデア出しには向いていないんですよね。例えば、タスク処理のような作業は在宅、一体感やモチベーションがほしいときやイノベーティブなアイデアを出したいときはオフィス、といったように目的に応じた棲み分けができることが大切になってくると思います。
しかも、在宅にはないような環境を提供できればなおよし。美味しいコーヒーがあってリラックスした時間をメンバーと共有できる、真っ暗な部屋で思索にふけることができる、かなり大型のモニターがあって効率よく仕事ができる......など。『オフィスに来ても集中できない・作業できない』となっては出社する誘因もなくなってしまいます。集中するならとことん集中できる空間、コミュニケーションを生みたいならリラックスした会話を促す空間など、目的に特化した空間を提供することができたらオフィスとしての価値は高まると思います。」
オフィスを提供する企業に、これから求められること
働き方の変化とともに、意義が見直されているオフィス。吉羽氏によると、オフィスを提供する企業側にも役割の転換が求められているといいます。
吉羽氏:
「例えばLife Based WorkingⓇの考え方が普及していくと、個々人が組織の垣根を越えて仕事をしていく時代がやってくるでしょう。そのようなときに、企業は働く人たちのキャリアを形成するプラットフォームになることが求められるのではと思います。社内外問わず、働く人たちの才能と才能を引き合わせて、マッチングの機会をつくったり、そのための場としてオフィスを提供したりする。そうすることで、未来に適応した企業になれるのではないかと考えています。」
最後に、オフィスの未来を考えるにあたって、吉羽氏が持つ大切な考え方を教えてくれました。
吉羽氏:
「これからは多様性の時代。ひとつの形態にこだわるのではなく、さまざまなオフィスのあり方を認めていければいいなと思いますね。ある調査によると、まだ日本のオフィスは従来の島型対向式が7割ほど。一歩先に進んで、多様性を受け入れるオフィスが増えていけば、きっと多くの人にとって、豊かな働き方・生き方が実現されるのではないかと思います。」
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